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浅羽ネムの長いひとりごと

思いついたことを書いたり描いたりしてるブログ。あくまで主体がTwitterなのでコメント欄なし。のんびりやります。

夢を与える 2話

作品タイトル回収の回。夕子の仕事は夢を与えること。だけどその夢とは空虚で、とても脆い。

夢を与える (河出文庫)

夢を与える (河出文庫)

 

 

歳をとったせいなのかはわからないけどなぜかここ最近バラエティ番組を観る気がしなくなっていた。別に教育に悪影響とか意識高いことを思いはしないのだけどどうにも笑えないことが多く。そんな目で観てることと圧迫してるような演出が重なってなのか、夕子のバラエティ番組での仕事はかなり薄ら寒いものに見えた。でも幹子はこの仕事に疑問を持ってるものの夕子をどうしたいのかというと、ただ彼女を人形のように美しく磨いて高いステージに上げたいだけのように見える。マネージャー沖島もそれはあまり変わらない。(しかもこの2人足並揃ってない…あかんそれ…)例えば確かな演技力をつけさせて芸能界で長く生きられるようにみたいなことじゃないのだよな。あの化粧品メーカーはたぶんこの世界において資生堂みたいな企業だと思うのだけど、そこの広告塔の後のビジョンはあるんだろうか。

ところで1話に登場した代役子役があの後も腐らずに頑張って現在の時間軸で転落する夕子を横目に新人賞総ナメとかしてたら面白いだろうなーとゲスな想像をしてたけど、あの子がミイ羽なのか…確かに頑張ってはいたのだけど彼女は幸せだったのか考え込んでしまうわこれ。でも事故死ではない?この後にも何かありそうだからここはまだ深く考えないことにする。
ドラマも深夜のバラエティもニコ生っぽい番組もワイドショーも全てSHOWなのだよな。そこで伝えられるものは楽しい夢ばかりではなく、人が事故で死ぬところだったりそれを悲しんでいる様子だとしても観る側はエンタテイメントとして消費する。きっとこの先の夕子の運命も一時の娯楽として消費されていくのだと思う。現実世界での芸能界もそんな感じに見られているところはあるわね。(ついこの間、「何で週刊誌の表紙の文字ってどんな内容でもはしゃいでいるように見えるんだろう」と思ったばかりだった。あれは報じる側にも読む側にも娯楽だからなんだな)※何の記事についてそう思ったのかは書きません。
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本日の癒しコーナー。夕子は自分の家族がもはや機能してないこともあって、唯一寄りかかれる存在が村野さんということになるな。ただ村野さんにとって夕子(この時点で17歳)はずっと幼女の「ゆうちゃん」のままだよね。そこの辺りで次回齟齬が生まれるのかもしれない。
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