浅羽ネムの長いひとりごと

誰かの言葉に乗っかるのではなく自分の言葉を紡ぎたい。

ドラマ10大奥 幕末編

三代将軍家光の代の時に春日局が作り上げた大奥。しかし赤面疱瘡の蔓延により男の数は減っていき、世は女将軍が治めることになる。八代将軍吉宗の悲願であった赤面撲滅が実現したことによって世は再び男の将軍が治めることになった、ここまでがこの世界線における江戸時代の前提。つまりもともとは男中心だった社会が女による支配構造となり、それが男中心に戻ったということは支配されていた男たちは女たちに対して少なからず憎しみを抱え込んでいることにもなり、こうなると元より力では勝る男は女に対して“本来の歴史”以上に暴力的に振る舞うことになるのではないか───ということを、十二代将軍家慶が娘の祥子に性加害を繰り返していたのを苦々しい目で観ながら考えておりました。

嬲られながら絶望の底にいた祥子は阿部正弘と瀧山という味方を得て、大奥という名の身を守る砦を与えられたことで強くなり、聡明さを併せ持つ十三代女将軍家定となる。そんなところに御台として現れたのがこの男〜〜〜!

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おまえのような爽やかな薩摩隼人がいるか!!!(偏見)お万の方(有功)を思わせる美貌を持つ胤篤、*1 本来は薩摩を中枢に入れる密命を帯びていたが家定との恋に落ち、心から彼女を支える思いを持つようになった。家定も過去の悲惨さを思えば男に恋をして抱かれ子を孕むこと自体が大きな一歩だった。しかし志半ばで命を落とす。

その後十四代将軍の座に就いたのが家茂。しかし開国派と攘夷派に分かれる国は不穏であり、幕府の足下も揺らぐばかり。そんな中で朝廷を頼り公武合体の証にと御台として迎えた和宮は女…いや“本来の歴史”でも和宮は女だがこの世界線では家茂も女なのでこれでは世継ぎは生まれない。ダメじゃねえか!と思ったら実は和宮こと親子(ちかこ)は生まれつき左手がないことで親から疎まれ隠されるように育てられた“要らない子”。こんな出自なので憎まれ口を叩いてばかりだったが家茂の優しさに触れることで凍りついていた心を溶かしていく。しかし揺れる国を守ろうと奔走する家茂は病に蝕まれてしまい───

思ったのが、大奥とは子を成して次代に繋ぐためのシステム。しかしそこに生きる人間の心は時に蔑ろにされる地獄でもある。そもそも家光と有功の間に子ができていればもうちょっといろいろなことがスムーズだったのでは…と何度思ったことか。しかし男将軍二代挟んだ後の大奥は家定にとっては砦、家茂にとっては固い絆で結ばれた人がいる帰りたい場所。正弘の尽力がきっかけで血が繋がっていない者たちが寄り添う家になってるのですねー。まあその表現のために次から次へと多彩な毒親が登場してきて驚愕しましたけど…。

だけど女将軍たちが繋いできた徳川の世も終わりの時が来た…というか己の見栄しか考えてない慶喜(男)が将軍になったことで「あっこの幕府終わった」と思ったら爆速で大政奉還になってわろてしまった。薩摩の西郷隆盛が言うには女が世を治めてきた(この世界線の)日本は世界に恥ずべき国だと。御一新で男が治める世にしなければならないのだと。胤篤・和宮・瀧山・勝海舟の説得で江戸が火の海になることは避けられたものの女将軍の世は“なかったこと”にされてしまった。そんな…ミソジニーで歴史改竄されるなんて…。

「女が学ぶのは良き殿方の妻となるため」と言われてきた津田梅子にそっと「この国は代々おなごの将軍が治めていたのですよ」と告げ、己のために学ぶことの大切さを教える胤篤。女将軍が繋いだバトンは次世代へ繋がれていく。それは血脈ではなく強い意志のバトンだ。

大河ほどいろいろなしがらみに囚われない時代劇を観たいという願望は確かにあって、でも今どきは時代劇の数が少ないよねーとも思いながら原作未読なれども飛び込んでみてよかった。面白かったです。次々と地獄の煮凝りが送り込まれてきたので疲れもあるけど良い疲れです。原作未読でもかなりいろいろショートカットせざるを得なかったんだろうなというのは感じるので大河くらいの尺で観たかった思いもあり、でも大河って何か…いろいろ外野のノイズがうるさいじゃないですか…このドラマは大河じゃないからSFとして楽しめたのではないかとも思うのでなかなか悩ましいところもございます。とはいえ時代劇といっても女とは子を成すだけのものなのかという問題、男のプライドと暴力性の問題、感染症との戦い、血が繋がっていてもわかり合えない親子、血が繋がっていなくても家族になれる人々、女が政に関わろうとすると起こりがちな妨害など、とても現代的なストーリーでした。

*1:家光の時代に写真はないのに再来と呼ばれるのはなぜだろうとは思っている。「始まりの男」と「幕を引く男」が同じ顔なことに意味があることは理解できるが。